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2011年3月の11件の記事

2011年3月30日 (水)

iPod touch 三兄弟

iPod touchの楽しさに虜になった私は、さらに1台を追加して3台構成とした。
これでネットを使った楽しみがより大きくなること間違いない・・・か?。

追加したもう一台は、これまでと同じApple iPod touch 64GB MC547J/Aで、さらに一緒にカバーもAmazonで購入した。
カバーは、前回購入したものの姉妹品『Simplism レザーカバーセット iPod touch 第4世代 あると便利なケーブルクリップ付属 (クロコダイルレッド) TR-LCSTC4-CR』。


3台揃うとこんな感じ、

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しっかし10万超えたなぁ、遊びもこのあたりにしておかないと・・・
さて、これからこの3台が遠隔で連携したネットの世界へと誘ってくれるでしょう。

ネットは広大だわ....  by草薙素子

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2011年3月29日 (火)

事務所の壁

3月29日(火)、震災から2週間強。
長崎の法要から帰ってみると、宇都宮のオフイスが入っているテナントビル階段壁の亀裂が補修されていた・・・

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まぁ、これを補修と言うのなら・・・という感じだが。
しかし、これはテナントビル会社を責めるわけにはいかない。
関係業者はフル稼働でも、ぜんぜん間に合わないのだから。
付近の民家も屋根にブルーシートをかぶったままになってるし。

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2011年3月28日 (月)

十七回忌(4)

3月28日(月)、十七回忌を終えた翌日。
この日は、宇都宮へ戻る日。
実は、この日が父の命日である。
朝から墓参りに行ってきた。
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お墓から、遠くに海が望める。
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そうすると、すぐに海に行きたくなるのだな。
一度、家に戻ってから、海辺を散歩した。
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河口だが、まあほぼ海だ。

とりあえず、やることをやって、見るものを見たので、そろそろ帰るとするか。
お昼は、ちゃんぽんを食べることにした。
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しかし、ちゃんぽんは無く、ちゃんぽんうどん。
う~ん・・・、微妙。
その後、姉の運転する車で長崎空港へ。
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で、飛行機待ちで・・・
今度は、ミルクセーキ。
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長崎名物ミルクセーキと書いてあった。
何で長崎名物なのかわからなかった。どこにでもあるよな・・・って。
後日調べて、このどろどろ感あふれるミルクセーキが長崎名物なのだと知った。
よそは、こんなんじゃなかったのか、長崎意外で食べたことがなかったから・・・
というか、長崎意外ではミルクセーキを食べるという認識はない。
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こうして、何年ぶりかの長崎の旅も終了した。

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2011年3月27日 (日)

十七回忌(3)

十七回忌の夜、みなさんそこそこお年を召してらっしゃるので、ゆっくりとされるのだと思っていたのですが・・・

あにはからんや、ボーリングに行きましょうなどと、まさか母の口から聞くとは。
結局、この日夕方はボーリング大会?となった。
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いやいや、びっくり。
まさか、この年になって母のボーリング姿を見るとは、意外だった。


なかなか、どうしてご立派。

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十七回忌(2)

3月27日(日)、十七回忌法要の朝は、比較的のんびりした朝だった。
のんびりした、母と父。
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あっ、父の写真がちょっと違っているようだが・・・
父愛用のマグカップ、私が使わせていただいている。

法要の読経も終わって、その後家族だけで『肥前屋』でお食事。
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肥前屋』のいけす。床の下もいけすになっている。
そして、いけすの向こうには網場湾がみえる。

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和気あいあいと、お食事・・・と記念撮影?

満腹して、ほろ酔い加減な足取りで、お店を後にします。
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ちょっと、記念撮影も・・・

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2011年3月26日 (土)

十七回忌(1)

3月26日(土)、翌日にセティングしてもらった、父の十七回忌に出席すべく、宇都宮から新幹線で東京へ向かい、そして羽田空港を飛び立った。
昼過ぎに、長崎空港に降り立つ。
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長崎を出て、早四半世紀を過ぎている。
懐かしくはあるが、帰ってきたという感慨はない。
車で出迎えを受け、そのまま待ち合わせの長崎市街地へ向かう。

向かったのは、『夢彩都』。
大波止の出っ張った埋立地にあるここは、最近できたらしい。

それにしても、海はいい。
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ほんとうに、海はいい。
目の前に出島がみえる。
貿易船のようなのもみえる。
オランダ人が闊歩しているのもみえる・・・わけはないか。

さて、昼食は、ここで『トルコライス』をいただいた。
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向かい側に座っているのは、おねーたまだ。

その後、母の末実家へと向かった。
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2011年3月22日 (火)

ガソリンスタンド待ち

3月22日(火)、とうとうガソリンが切れそうなフリードのために、給油の旅に出た。
震災後、ずっと、開いてもいないガソリンスタンドに延々と車が並んでいる。
いつ給油ローリが来るかもわからない。ネットで情報をとりながら、野生の勘?で、ここだと思ったところに並ぶ。
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並び始めは、16時半頃。
もちろんエンジンを止めて待つ。
延々と待つ。
そのうち車が進みだした。
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おっ、進んだ!
これは行けるかも。
頼むからガソリン売り切れにならないでくれと、祈りながら、さらに待つ。
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18時頃、あたりは暗くなり始める・・・
かなり近づいた気がする。

やった~!
18時過ぎにガソリンスタンドの入り口に到達する。
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ラッキー!
しかも給油制限無しで、満タンにしてくれた。
これでしばらくは安心だ。
こんなことが、いつまで続くのか・・・

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2011年3月19日 (土)

震災後の陶芸

3月11日の震災で、宇都宮の自宅に保管しておいた茶碗は、そのほとんどが落下し、欠け茶碗となった。
その写真は、後日載せたいが、すぐにはとても状況を把握し、整理する気になれない。
30分毎に来る大きな余震に怯えながら、一週間を過ごし、不安定な精神状態の中、前回の続きを始めた。
今回、#67~#70が素焼き終わっているはずであったが、震災のため持ち越しとなった。
乾燥後の茶碗が落下して割れずに存在していたのは、まさに奇跡的な幸運だった。

3月19日(土)、この日は、#71と#72の削りを行った。
先ずは、#71。
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このような精神状態の中、特にコメントも記憶にない。
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次に#72。
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ここでも特にコメント無し。
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とりあえず、作ったものを削ったという行為が存在しただけという感じしか残っていないのは、とても残念。

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2011年3月11日 (金)

3・11ダメージ

3月11日(金)、この日のことは思い出したくないと思っていた。
10月18日現在、ようやく、この日のブログを書くことができそう。
当日は、朝から仕事で栃木県芳賀町の客先に入っていた。
この日は大事なプロジェクトのキックオフで、東京から関係者が何名もみえる予定になっている。
いつものように2階の大食堂で、お客様と打ち合わせしていた。
最初は、なんとも思わなかった。
あぁ、地震だ・・・
そう思いながらも打ち合わせを続けていた。
しかし、地震は収まるどころか、徐々に大きな横揺れになってくる。
それでも平気な顔をして、打ち合わせを続けようとしていた私に、お客さんAさんが『危ないから机の下に入りましょう。』と言ってくださった。
その時の打ち合わせメンバーは、両社あわせて5名だっと記憶している。
収まる様子のない横揺れに、全員が机の下に入る。
私も形ばかり、机の下に入った。
揺れはさらにひどくなり、机の足に両手でつかまっていても、外に放り出されそうなほどになってきた。
Aさんは、ちゃんと机の下に収まっていない私に場所を空けながら、『もっと入ってください、危ないですよ』と。
あぁ、Aさんてこんな良い人だったんだなと、改めて思った。
そのうち天井からバラバラとものが落ちてきた。
その数瞬後に一気に天井が崩れ落ちてきて、あたりが一面真っ白になった。
石膏とおもわれる白煙のなか、隙間から天井を見上げると1m四方以上の太さの柱が大きく揺れているのが見えた。
1m以上の振れ幅で柱の天井付近は揺れている。
気づくと、大きな揺れが来る度に、天井部の柱の付け根に亀裂が入っていくのが見えた。
ミシッ!、ミシッ!と大きく揺れる度に、その亀裂が柱の付け根を広がっていく。
あぁ、この亀裂が一周して、柱が倒れたら死ぬな・・・
そんなことを考えながら見ていた。
亀裂は、とうとう柱の付け根を一周した。
ここで死ぬのか・・・
痛いかな、痛いのは嫌だな・・・
覚悟を決めようとしていた。

ようやく、そこで揺れはおさまった。
周りのみんなが這い出しているのがわかる。
さすがにこの時は、他人を気にする余裕はないようだ。
幸い、軽いけがしかなかった。
ドカドカと私の頭の上をみんなが歩いて行くのがわかる。
どうも避難通路状態になっているようだ。
机から出たいのだが、次々に人が机の上を通るので、出るに出られない。
私は、身近にあったカバンから財布と携帯電話を取り出して、ポケットに詰め込んだ。
恥ずかしい話、カバンを持ってでると非難されると思ったからだが。
後日、持って出なかったことを会社で非難された・・・どうなんだか。

ようやく、私も机の下から天井材をかき分けながら這い出した。
黒のスーツが真っ白になっていた。
宇都宮でオーダーして作ったばかりだったのだが、もうだめかな?とか俗なことを考えながら。
割れた窓があったので、みんなそこから外に脱出していた。
次の揺れが来る前にと、みんな必死だった。

外に出て、ほっとしたものの、その後の余震も凄まじかった。
あちこちで何かが崩れる音がした。

その後は、安否確認に終始した。
暗くなった頃に、ようやく全員の安否が確認できたが、もちろん周囲は停電、私はともかく全員が帰宅することはかなわなかった。
そのため、その日はお客様の好意で、非常電源の設備のある建物で全員一泊した。

翌日、お客様のバスで全員が一度宇都宮駅側の事務所に入った。
午後から数駅先まで行けば電車が動くことがわかり、私の運転で全員をピストン輸送。
最後に私を含め数人が、その車で東京に向かった。

ようやく東京の自宅にたどり着いたが、翌日には宇都宮へ戻るようにとの指示があり、もう一人を乗せて再度車で向かった。
そこから独り、事務所で余震に怯え、自宅で余震に怯える日々が始まった・・・
胸が虚ろ、そんな感じだった。

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写真は、戻った後に撮った、近所の建物。壁が綺麗に剥がれ落ちていた。

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2011年3月 6日 (日)

連続でとりかかれば、少しは良くなるかと思ったのだが

さて、3月5日(土)の続きで、次は#72。
こちらは、またしても寄せ集め粘土。
水分を補充して、練り直す。
若干、粘土少なめだが、その分小さめに作ればいい。
径を小さめにして、その分多少背を高くしようと方向を決めた。

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しかし、始めてすぐに気がついた。
粘土の捏ね方が足なかった。均一になってなく、場所によって硬さが異なる。
そのためか、ヒビも激しい。
ヒビの激しさに気を取られて、ヒビの修復に集中し、当初の方向を見失っていた。

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こうなると形がどうのとか言ってられないのだが、それでも#71で腰部がよれていた問題を再発しないように、力弱めで注意して引き上げた。
そのため#71のようなよれは発生していない。
ただし、写真で見て初めて気づいたが、多少口部が斜めになっていた。

次回は、#67~#70までの素焼きが上がる予定。

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ひと月ぶりで力も入る?

3月5日(土)、前回#70がやはり削りだけで終わってしまったので、本日は削りなし。
先ずは、2月5日に用意した粘土を使って、#71にとりかかる。

#70で気になった腰から胴にかけて均一な厚みになるように注意した。
Sn3d0266

妙な胴の膨らみも、できるだけ発生しないように注意しながら引き上げた。
そういう意味では、#70よりは綺麗にできたと思える。
しかし、内側の腰部にヨジレが発生している。
ロクロでの引き上げ時に力が入りすぎているのと、引き上げが速すぎる(強引?)ことが原因、とご指摘を受けた。
確かに粘土が堅いため、少し力が入っている。

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問題は、一つずつ確実に改善していこう・・・

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